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2026/06/15
「見ている」は、言葉より伝わる
「見てるよ」と言葉にされたことは、ほとんどない。
でも、見てもらえていた、と感じた瞬間は、ちゃんとある。
ホテルのマーケティング部門で、少しずつ仕事を任されはじめた頃。
チラシをつくる機会があった。何が正解かも分からないまま、デザイン担当と二人でああでもないこうでもないと悩みながら作った。出来上がったものを見た上司に、ひと言言われた。
「あなたらしいね」
褒められた、というより、見てもらえていたんだ、と感じた。あの感覚は、今も残っている。
あとになって思う。
人は、正しい言葉だけで動くわけではない。
「ちゃんと見てもらえていた」
その感覚に、背中を押されることがあるのだと思う。
ただ、見るしかできなかった
その後、大阪への転勤。そして、静岡・伊東温泉での旅館開業。少しずつ、今度は自分が「見る側」になっていった。
大阪に赴任したばかりの頃、何も分からなかった。知っているのは、自分がよそ者だということだけ。だから、とにかく現場に立った。
ロビーに立った。レストランに立った。
忙しそうに動くスタッフを見ながら、「何が起きているんだろう」と考えていた。なぜ、あのスタッフは、今動いたのか。なぜ、あのお客様は少し困った顔をしているのか。何かを変えようとしていたわけじゃない。ただ、見るしか、できなかった。
それが「見る」の始まりだったと思う。
「見ている」と、何かが変わる
伊東温泉で、清掃スタッフが鏡をふいているのを見た。少し、汚れが残っていた。
「汚れてるよ」と言うのは簡単だった。でも私が伝えたかったのは、そこじゃなかった。
お客様が部屋に入ったとき、小さな汚れがひとつあるだけで、部屋全体が汚れているように見える。だからここが大事なんだ、ということを一緒に話した。
一緒にやっていたから、言葉が出てきた。
スタッフがいい動きをしたとき、見逃さずに声をかける。表情の変化に気づいて、少し早めに聞く。声になる前の気持ちを、受け取ろうとする。
「見る」というのは、観察することじゃない。その人のことを、受け取ろうとすること——
大阪で、伊東温泉で、少しずつそう思えるようになっていった。
今思えば、私を動かしてくれたのは、厳しい言葉ではなかった。ちゃんと見てくれていた、という感覚だった。
だから今、私もできるだけ、人を見ようと思っている。
完璧にはできない。
見えていないことも、きっとたくさんある。
それでも、誰かの小さな変化を見逃さない人でいたいと思う。
あなたの周りに、ちゃんと見てくれていた人はいますか。
そして今、あなたは誰かをちゃんと見ていますか。
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谷藤 光優(たにふじ みゆ)
国家資格キャリアコンサルタント / Gallup認定ストレングスコーチ / ライフオーガナイザー
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